優等生は勉強ができる子じゃなくて◯◯◯こたえることができる子だった


優等生って言葉からみなさんはどんなイメージを連想しますか?
勉強ができて、品行方正な「いい子」というイメージを持っていた私ですが、
なんとなくしっくりこないなぁと感じていました。

goo辞書で調べてみたら

1 成績・品行とも特にすぐれている学生や生徒。

と出てきました。うん、納得。
でもね、もうひとつ解釈がありました。

2 言動にそつがないが、個性がなくおもしろみに欠ける人。

おもしろみに欠ける人!!!
うん、確かにね〜(笑)

たぶん、成績を「優・良・可・不可」で評価する習わしから、
「優」の等級を目指すのって、昔はあたりまえだったんでしょうけれど、
今や、憧れの対象ではないですよね。
むしろ、軽くディスってる表現として使われることも多くなっているのかも?

「ハフィントンポスト日本版」の2/19付けの記事にこんなものがありました。

厚切りジェイソン、日本を褒める番組に怒り爆発「四季はどこにでもあるよ!」

ポイントは厚切りジェイソンではなく、
パトリック・ハーラン。

日本のテレビ番組で外人(ハーフ含む)タレントが、求められる立ち位置について、語っている様子なのですが、パックンが見事なまでに
「僕は言っておきますけど日本の四季が世界一だと思います」
と優等生コメントをしています。

これがなぜ優等生コメントなのかと言うと、
TVを見ている多くの日本人(あるいはTV局の偉い人)にとって、心地いいコメントだからですよね。
つまり「相手の期待に応える」ことが優等生の優等生たる所以なわけです。

もうおわかりですよね。
このブログのタイトルの◯◯には「期待に」が入ります。

これね、裏を返すと、自分の本音を語っていないわけですよ。
つまり、気を遣って、何割かの嘘を混ぜている。

上司や取引先の顔色を伺ってこびへつらう、
親の期待に応えて、自分の行きたい学校や会社ではないところへ行こうとする、
まわりの空気を読んで、みんなが楽しくなりそうな発言をする。

こんなこと、誰もがやっていること。
優等生のことをちょっとだけディスっておきながら、
みんながみんな優等生になろうと努力し続けてきたわけです。

子供の頃から、
「嘘をついてはいけません。正直になりなさい」
と言われ続けていたのに、
一方では、100%正直に生きることを否定され続けてきている。

そんな矛盾の中で生きていれば、そりゃ生きづらいですよね。
たぶん、優等生のことだけじゃなく、世の中は他にも矛盾がたくさんあります。
もっと言ってしまえば、それは自然にそうなったのではなくて、仕掛けた人がいるということです。

そのことについて、もっと知りたいと思う人はどれくらいいるのかなぁ?
ここで書いても理解されないだろうなぁと思ってなかなか言い出せない私。
「知りたいコメント」がたくさんあれば、書いてみようかなと思いますが、
ブログよりもやっぱり直接会ってお話しした方がいいかなぁ。

素直に表現できなくて、優等生になろうとしている私…(笑)


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