移住しました その12「大切な人がここにいるから、ここから離れる」


以前、会社に異動の打診をしてからすでに一年が経っていました。
「もう異動は諦めたのかと思ってたよ」
確かに諦めそうになっていましたが、迷った挙げ句に出した答えはこれでした。
「とりあえず、大きなイベントのある9月が終わったら一旦退職させてください。
もしも今後西日本に受け入れ先が出たら知らせてください。」
上司が渋々受入れてくれたのが、2013年5月、
震災からすでに2年以上経過していました。

ここで疑問を持っている方もいるかもしれませんね。
森のトトロとその仲間たちのことです。
トトロ氏はクリキンディよりもずっと、放射能のことについて詳しいのです。
その対策について研究してはいますが、その危険性についても承知しているはずです。

「なぜトトロはこの町を出ようと思わないの?」
「まぁ家や仕事の都合とかあるのは確かだし、移住することの大変さやストレスも想像できるからね。
それに、住んだことのない土地へ行って、その土地の菌に対応するのも、
時間がかかって身体の負担になるし。
だけど、僕がここに住み続ける一番の理由は、
放射能の影響とその対策について研究ができるってことかな。
ここにいれば身を以て観察できるでしょ。
海の底に息が続く限り潜っているような気分と言えばいいかな。
もうダメだーって上がって行く人の手助けをしながら、
オレはもうちょっと頑張るからーって海底から言ってる感じ(笑)」

クリキンディをトトロに出会わせてくれたマドレーヌちゃんは、
この頃すでに西日本への移住を決めていました。

クリキンディが移住を迷っていた理由のひとつに、
友人や自分の担当する生徒たちのことももちろんありました。
なんとかしてこの危険性にひとりでも多くの人に気付いてもらいたい、少しでも多く対策を伝えたい、
せめて、ここで音楽することで日々のストレスを解消して少しでも元気を取り戻してもらいたい、
そのためにも、この場所で私ができることがある限りがんばろう、
そんな風に思っていました。

ですが、ある日気付いたんです。
「私より放射能の危険性に詳しいトトロが移住しないんだから、きっとここで暮らしても大丈夫だわ」
と思っている自分がいたことに。
私の生徒たちの中には同じ事を漠然と感じていた人がいるはずです。
「クリキンディ先生は放射能が危険だっていつも言ってるけど、
ここに住んでるんだから大丈夫よね」って。

新聞のお悔やみ欄は、以前より多くのスペースが割かれるようになっていましたし、
亡くなる方の年齢が若年齢化していることも、よく観察すればわかります。
「この1ヶ月に2回もお葬式があったのよ、二人とも福島の親類で…」という人もいました。

もしも、影響力のある人(政治家とか皇室の方々とか医療関係者とか?)がこぞって移住を始めたら、
それは「この土地は危険です」と広報しているようなものですよね。
それでも様々な理由で離れられない人は残るでしょうけれど、
もし町の半分の人が移住をし始めたらどうでしょう?
なんだか「流行」と似ているかもしれませんね。
最初は「あんなファッション誰がするの?」と思っていたのに、
みんながそれを着始めたら、なんだかそれがカッコ良く見えてきて自分も欲しくなる。
だから、たくさんの人が移住を始めたら、みんな少しずつ移住に興味を持ち始めるのかもしれません。

今の状況を学校に例えると、
「給食室のコンロが地震で壊れましたが大丈夫です。ガスは漏れてますが爆発はしませんー。
病気にもならないから学校を休まないようにー!転校しなくていいです!」
ってガスのにおいが充満している教室でアナウンスしているようなものかもしれません。
においが辛い、学校の言う事を信じていると危険かも、と感じる生徒は転校するでしょうし、
大丈夫って言ってるんだから、もし何かあったら学校が責任とってくれるでしょ?と思う人は、
そのまま通い続けるでしょう。
クリキンディはこのクラスで最初に転校する人になろうと思いました。

そして不思議なことに、
いや、もう不思議じゃないですね。
クリキンディの決心と同時に少しずつものごとが動き始めました。
7月の半ばになって、九州の担当者から、
「秋に退職する方がいるのですが、こちらで稼働できますか?」という問い合わせが入ったのです。
それまで全国を放浪する気満々でいたクリキンディですが、
これはドラクエで王様から
「次はこの町へ行って鎧を手に入れるのじゃ!」
と言われたようなものです。
謹んでお引き受けする事にしました。
おそらく一年前ではなかったんですね、ストーリーが進むタイミングは。

(その13につづく)

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ブログ版をかなり加筆、修正しています。


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