「クリキンディの創った話とか音楽とか」カテゴリーアーカイブ

ヴィーナスのつぶやき

ああ、忙しい忙しい、
今年の夏はあまり暑くならなかったおかげで、
いつもよりずっと早い時期に仕事が集中しちゃうわ。

はーい、ちょっと見せてね、
あら、あなたは冷房の効いた場所で、夏の間過ごしちゃったのね。
だから、本当なら汗と一緒に身体の外に出すはずだった、
老廃物や重金属がたっぷり溜まってるわね。
これを溜め込んだままだと、寒い冬の時期が来たら、身体が動かなくなっちゃうから、
芯から一気に暖めるわよ。
そうね、あなたの場合39度ぐらいでいいでしょう。
苦しいからといって冷やしちゃだめよ、溜まってるものが出られなくなっちゃうから。

はい、次の方〜。
あなたは随分ストレスを溜め込んでるのね。
これを出すのにいい方法は…
あなたの場合、口から出しましょ。
咳と一緒に痰が出るから、さっさと出しちゃってね。
あら、あなたは水分とミネラル分が足りないわね〜。
これじゃ、なかなか痰が出なくて、空咳ばかりになっちゃうわ。

今食べたいものはなに?
おしるこ?
うん、なかなかいいセン言ってるわね。
身体が欲しがるものをどんどん食べてちょうだい。
ただし、インスタントのものはダメよ。
その食べ物が持っているパワーがほとんど失われてるから。

はい、次の方〜

ん?
なに?
私は誰かって?

人間がいつも健やかに生きられるように、力を貸しているの。
人は私のことをヴィーナスって呼ぶわね。

あ、ごめんなさい、間違ったわ。

ヴィーナスじゃなくて、
ヴィールスよ。

人気ブログランキングへ←早く風邪治らないかなぁ…

創作童話

クリキンディ、子供の頃から、本を読むのも、文章を書くのも大好きでした。
最近ではブログオンリーになってしまっていますが、
創作ものも、もっと書きたいなぁと思っています。
今までにちゃんと完成していて、公開できるお話が、たったひとつだけありますので、よろしければご覧下さい。

「おりんと鈴」

ある日、小さな金色の鈴を、手のひらににぎりしめて生まれてきた赤ちゃんがいました。
これはなにかメッセージを携えて生まれたに違いないと思った両親が、
村のもの知りおばあのところに相談に行きます。
おばあが話してくれた、鈴にまつわるお話は、深く悲しい愛の物語でした。
この赤ちゃんが前世で約束したこととは……

http://homepage2.nifty.com/voices/orin/orinmenu.html

人気ブログランキングへ←感想とかもらえたら喜びます。

グラディエーター

こんにちは、「スポーツ音痴」確定のクリキンディです。
先日久しぶりにボーリングをしましたが、やっと80点でした…。

今日は、あまり思い出したくない過去世の話です。
<スポーツの本当の楽しみ>のつづきです。

今回の記憶は、かなり曖昧です。
リーディングでもなく、ヒプノセラピーでもなく、
あるドラマを見ている時に、「もしや?!」と感じただけなので、違うかもしれません。
というか、むしろ違うと願いたい……。

そのドラマとは「花より男子」。
見たことのない方もいるでしょうから、簡単に説明しますと、
ある貧乏な女の子が、超セレブな学校へ進学し、
その学校のトップに君臨している4人組の男子と、はじめは戦い、やがて理解し合っていく、という青春ドラマです。

その主人公の女の子が、全校生徒に囲まれて、陰湿ないじめに合う、というシーンを見ていた時、
クリキンディは、
「あ〜あ、なにやってんの?そこにあるパイプ椅子を振り回せばいいじゃん!」
と思いながら、イライラして見ていました。
ん?
なんですと?
パイプ椅子をふりまわす?
なぜそんな具体的な攻撃を仕方を考えているんだ、私…?

勝負ごとが嫌いなクリキンディ、
もちろん格闘技なんてもってのほかです。
思い切り攻撃色の自分に気がついて、愕然としました。

しかし、思い当たることがありました。
小学生の時、
自分の2倍ほど体重のありそうな男の子とケンカして、取っ組み合いになり、泣かせるまでやっつけたことがあります。

また、その頃小学校の机はふたが取り外せるようになっていたのですが、
厚みが2cmほどもあるその板で、思い切り男子の頭を攻撃したことがあります。
あの頃、自分にさほどパワーがなかったからよかったものの、
あの時、子供のクリキンディはまったく手加減しなかったのです。
力があったら、たぶん彼は死んでいたか、障害が残ったでしょう。

今ではあまり見ることはありませんが、
死にものぐるいで戦っている夢も時々見ていました。

つまり…
格闘家であった過去生があったのではないか…
ということに思い至ったわけです。

歴史上よく知られているものが、
ローマのコロッセオで戦ったグラディエーターでしょうか。
いろいろなパターンがあったようですが、
基本的に、その試合は命をかけて行われました。
敗者に残された選択は「死」です。

自分が生き残るためには、勝つしかないのです。
そこに手加減はありません。
観客のことなんか、どうでもいいのです。

そして、それを見て興奮する観衆たちがいた時代。

そんな時代から、まだ2000年しか経っていないんです。
そりゃ、いろんなところに影響出ますよね。

「勝負」というものに、心躍る人たちは、こんな時代をくぐり抜けてきた人かもしれないわけです。

そして、クリキンディが勝負事に対して嫌悪感を持つのも、
グラディエーターの経験があるから、と思えば、なんとなく納得。
もう、あんな殺し方をするのも、殺され方をするのも懲り懲りだ〜!
と心の深いところで感じているのかもしれません。

ま、いつものことですが、あくまでもクリキンディの勝手な想像です。
ぜんっぜん違うかもしれないし!

重たい話にお付き合い頂きありがとうございました!!

人気ブログランキングへ