子宮がなくなる…

20年来の親友が婦人科系の病気にかかっていることがわかり、
近いうちに手術をして、子宮を摘出することになった、と報告を受けました。

しかし、聞けば、全摘するほどの病状ではないのです。
ただ、残しておけば、再発の可能性がある、というだけなのです。
お医者様は、とってもとらなくてもよい、という診断をしています。

しかし、友人は、「もうこんな辛い症状に二度と悩まされたくないから取ります」
と決めてしまったそうです。

以前のクリキンディなら、「そうか…大事にしてね」としか言えなかったと思うのですが、
いろいろ勉強している今、
「臓器の摘出」には、様々な後遺症があると知っています。

人の身体には、血液だけが循環しているわけではなく、
「気・血・水」が循環しています。
例えば子宮を取ってしまうことで、
身体の中央を上っていく「水」の流れが止まってしまいます。
そのため、胃や喉、さらに眼などに不調が出る人が多いのだそうです。

そんな話を聞いたからには、
親友の子宮を守らねば!
という気持ちになったクリキンディ、
手術までまだ時間があるので、なんとか説得しようと試みました。

しかし…
ものの見事に玉砕してしまいました。

「そういう説があるのは知っているけど、医学で証明されたわけじゃないし、
お医者さまは、子供を産むつもりがないのなら、取ってしまっても問題ない、って言ってるんだし。
もう決めたことだから、クリキンディや他の人が何十人来て説得したって、もう考えを変えるつもりはない」

セカンドオピニオンは?

「もういいの。今回だって、医者に絶対に取りなさいって言われたわけじゃなく、自分で決めたことだから」

つまり、彼女はまったく迷っていない、
というか、むしろ、生まれる前から「私は子宮を取ることに決めていた」とも思えるような決意なのです。

取ってしまうことで、あとからもっとひどい不調に悩まされるかもしれないんだよ?

「でも、残しておいて、今の症状が再発するよりいい。
もし、今回子宮を残すことにして、数年後に再発なんかしたら、クリキンディのこと恨んじゃうかもしれないし。」

そこまで言われたら、もう何も言えません。

後から、胃の調子が悪い、とか白内障になっちゃった、とか言っても知らないからね。
ああ、あの時クリキンディの言う通りだった…ってきっと後悔するはずだわ。
私の勉強した説の方が絶対正しいんだから!

あ…


なんということでしょう。

私は、親友の身体を心配していたはずなのに、
これじゃ、自分の説が正しいと、主張してるだけじゃないですか!!
彼女の辛い気持ちをわかろうともせず、
これじゃ宗教の押し売りと一緒です。

子宮を摘出する、という決断に至るまでには、彼女なりの紆余曲折があったはずです。
まずは身体の不調が長く続いていて、
ネットでいろいろ調べて、どんどん不安が募っていって、
病院に行くことすらためらっていた時期があり、
そんな様々なものを乗り越えて、ようやく自分の中で結論を出したのに、
私は、自分の主張を通そうとしただけだなんて……。
これじゃ友達の縁を切られてもしょうがない。

なにやってるんだろう、私。
ああ…
ごめんね。
明日ちゃんと謝ろうと思います。

人気ブログランキングへ←こんなクリキンディでも応援してもらえますか…?

「神」と「巫女」

こんばんは、どうも、いつのまにか引っ越ししていたクリキンディです。
といっても、携帯ゲームのお話なんですが。

自分のゲームに「住所」がついて、
お隣さん、という情報がついたわけです。

そして、右隣が「神」さんというハンドルネーム、
左隣が「巫女」さんというハンドルネームの方でした。

いや、だからどうだってことじゃないんですが…。
なんとなく、こういう「偶然の一致」ってうれしくなりますよね。

スピリチュアル世界の住人は、
「偶然の一致」大好きだと思いませんか?
数字のメッセージとか、
タイミングよく何かが起こるとか、
そんな時には「偶然に見えるけど、必然!」と感じちゃいます。

なんというか、
いろんなものが、人生の謎解きのヒントに見えてくるんですよね。

私にとって、「偶然の一致」のバイブルは
ジェームズ・レッドフィールドの「聖なる予言」です。
そういう方も多いのでは?

この本に出会う前と後では、
本当に自分の人生が変わったなぁと思います。

いや、人生が変わったわけではありませんね。
自分の人生の解釈が変わった、と言えばいいのかなぁ?
新たな「視点」が増えたということかもしれません。

「神」さんと「巫女」さんというお隣さんができた、
ただそれだけで、
こんなにうれしくなっちゃうんですもんね〜。

さて、これは上の誰かさんからのメッセージなんでしょうか?
それとも…?

人気ブログランキングへ←ポチッとすると、ランキングのお隣さんにも会いに行けます。

レオポンは旅に出た

えー、パワーアニマルと呼ばれるものがありますよね?
龍とか、狐とか、八咫烏とか、ほんとに様々な種類があるらしいです。

以前見た夢に登場した「レオポン」も、パワーアニマルと言っていいのだと思います。

今日は、ある修行をしていたのですが、
ふと思い出して「レオポン」を呼んでみました。
今日の修行をお手伝いしてもらうのに、レオポンはぴったり!
とても助かりました。

と言っても、クリキンディの場合、そんなものがちゃんと見えるわけではありませんので、
あくまでも、「イメージ」です。
レオポンがそこにいる「つもり」になって、
手伝ってくれている「つもり」になっているだけです。

さて、その修行が終わって数時間後、
「クリキンディちゃんのそばにレオポンがいるよ」
と教えてくれた、いろいろ見えちゃう小学生のお友達に会いました。

すると、突然、なんの前フリもなく、
「あのね、レオポンが旅に出ちゃったよ」
と言うではないですか!
まったく、6月以来、レオポンの話などしたことがなかったというのに。
「たぶん、1ヶ月くらい帰って来ないと思う」だそうで。

なんですと〜!?
修行なんかの手伝いをさせちゃったのが、よくなかったんでしょうか?
家出ってこと〜?!
と思ったら、そうではないようで、
今日の修行で、クリキンディがひとつ階段を上がったので、
それを機会に遠出したんじゃないか…ということのようです。

というか、
「イメージしてるだけ」「いるつもり」だったんですが、
もしかして、クリキンディにも、ちゃんと見えてるってことなのか…?
なんかうれしいような、そうでもないような複雑な気分です。

「それでね、今クリキンディちゃんのところには、ペンギンがいるよ」

思わず、
「ええええええ〜〜?!」
と大きな声を出しちゃいました。

いやぁ、予想外です。「ペンギン」のパワーアニマルもいるんですね。
しかし、なんでペンギンちゃんなんでしょう?
最近水族館に行ったわけでもなく、ペンギンの映像を見たわけでもないんですが…。
次の人生修行は、ペンギンちゃんが手伝ってくれる、ってことなんでしょうか?

まさか、南極に行けってことはないよね〜(クリキンディは寒いの大嫌い!)
飛べないから泳ぐ練習?(クリキンディは泳ぎも苦手です)

なんかちょっとコワイんですけど…。
進展があったら、お知らせします。

人気ブログランキングへ←レオポンがあなたのところに行っているかも?

むふふスイッチ

このブログはランキングに参加していますが、
そのカテゴリ「哲学・思想」部門において、ここしばらくず〜っと2位をキープしているブログが、
雲黒斎さんの「あの世に聞いたこの世のしくみ」です。
タイトルから、宗教チックな感じもしますが、決してそんなわけではなく、
幅広く、世の中のしくみにメスを入れて、楽しくわかりやすく解説してくれます。

24日付けでアップされた記事<耳をすませば>をご覧下さい。
あ!18歳未満の人は読まない方がいいです。

クリキンディは、まったくお酒が飲めないんですが、
素面で昼間から下ネタぶちかまして、みんなに引かれるタイプです。
お酒が大好きな友達は、「素面でエッチするなんて、私には恥ずかしくてできないわ」と言います。
そんなものなんでしょうか…?

えーと、黒斎さんのネタに触発されて、今日は下ネタなんです。
まぁ、生きていれば、いろんなシーンに出会いますよね。
壁の薄いアパートで暮らしていれば、
ん?もしかして?というような声が聞こえちゃう時もあります。

そんな時に、思わず触発されちゃう人って多い、と思うのはクリキンディだけでしょうか?
やらしい写真やビデオ、音声に出会うと、自分の意思に関わらず、
むふふなスイッチ入っちゃいませんか?

これは、何も大人に限らないと思うのです。
子供の頃、父親の読んでいる週刊誌に載っていた写真を見て、
「うわぁ、なんでさっきトイレ行ったばかりなのに、オシッコしたくなっちゃうんだろう?」
と思ったこと、ありますよね?

え?思ったことない?
そ、そうなの?
クリキンディだけなの?

まぁ、そういう人もいるかもしれませんが…
それじゃ、
クリキンディと同じタイプの人だけに向かってお話しますよっ!!

セックスというのは愛があってはじめて成り立つ美しいもの、という認識がある一方で、
愛なんかなくても、簡単にスイッチが入っちゃうものでもあるんですよね。

一体なんなんでしょう?
これほど、両極端な性格を併せ持ったものって、他にありませんよね。

動物の場合どうなんでしょう?
他の人に見られないようにしたがる人間と違って、
基本的にどこでも(敵に狙われない限り)しますよね。
隣で仲間がしていたら、したくなるんでしょうか?

人間は、スイッチが入っちゃったとしても、
理性が働くので、誰かを襲ってまでしませんが、
時々理性が働かなくなっちゃう人がいるのはなぜなんでしょう?

セックスって、もしかしたら、
人間がアセンションしていく過程で、
ものすごく大切な課題なのかもしれないですね。

仏陀やイエスは、
悪魔からつきつけられた「自分の欲望」との戦いに勝利したわけですが、
あれは、
「欲望に負けて愛のないセックスをしない」ことを選択しただけであって、
「愛のあるセックス」まで拒否したわけではないと思いませんか?

そう考えると、
人間の修行の中でも、
結構わかりやすい課題なのかも…?

うーむ、クリキンディ修行が足りないので、よくわかりません。
「いや、違うと思う!」なんてご意見頂けたらうれしいです。

ちなみに…
「性に秘められた超スピリチュアルパワー?幾千年のマインドコントロールを超えて」夏目祭子著 (5次元文庫)
めっちゃ面白かったですよ。
機会があればどうぞご一読下さいね。

人気ブログランキングへ←これは「むふふ」スイッチじゃないですよ〜

ほめられたらほんとに伸びる?

今日めちゃくちゃ時間のかかる作業をしていたのですが、
あやうく「無駄」になるところでした。
辛うじてセーフだったのですが、もしアウトだったとしたら、
私の「努力した時間」を評価してくれる人はいたんだろうか……。

よく「子供はほめて伸ばす」とか
「私、ほめられて伸びるタイプだから」とか言いますが、
ほんとにそうなのかなぁ?と最近疑問に思っているクリキンディです。

子供を例にとってみましょう。
「たくさん食べたの、偉いね〜!」
「転ばないで歩けたね、すごいすごい!」
「お手伝いしてるの?偉いね〜」
「難しい漢字が書けるんだね、すごいなぁ」
「100点とったの?じゃご褒美あげようね」
「遅刻せずに一年間通いました。表彰します」
「偏差値の高い高校に合格したの?頭いいんだね〜!」

まぁ、これらの「ダメな例」も一応あげてみますか。

「さっさと食べなさい!大きくなれないよ」
「よそ見するから、すぐ転ぶのよ!もうこんなに汚しちゃって〜」
「ゲームばかりしてないで手伝いなさい!」
「こんな簡単な字も読めないの?」
「50点しかとれなかったの?もっと勉強しなさいよ」
「遅くまでゲームしてるから朝起きられないのよ、もうゲーム禁止!」
「お母さんは、こっちの高校を受験するのは反対だわ」

きゃ〜!自分が子供の立場だったら、やっぱりほめられたいわ〜!
だけど、親の立場では、ダメな言葉がけを山ほどやっちゃってるし…。

さて、本題。
一見「ほめて育てる」っていいことのように見えますが、
実際は、親の「価値観を子供に押し付けているだけなんじゃないかな、と思うのです。

「たくさん食べたの、偉いね〜!」というのは、
たくさん食べる子はいい子、身体の大きな子は立派な子、
たくさん食べない子は、大きくなれないし、健康じゃないダメな子、
という価値観を、子供に植え付けているんじゃないでしょうか。

「お手伝いしてるの?偉いね〜」
という声がけは、
「人の役に立つ人こそ価値がある」という価値観になりませんか?

うちの父が、歳をとり、病気になったことで体力がなくなり、
いろんなことができなくなってきています。
母の買い物に付き合って運転することもできず、
テレビのアンテナを接続することもできず、
庭の植木の剪定をすることもできず、
屋根の雨漏りの修理も、トイレの水漏れの修理も、
犬の散歩も、猫のトイレ掃除も、
ほとんどできなくなっています。
食事すら、元気な時の三分の一ぐらいしか食べられなくなっています。

父親は、いろんなことができる人が「いい人間である」という価値観を持っています。
つまり、それらができない自分は「価値がない」と痛感しているのです。
もう完璧に鬱状態です。

何もできなくてもいい、
ただ、そこにいてくれればいい、
私の家族でいてくれてありがとう、
そんな風に声をかけてあげたいと思うのですが、
今までほとんど会話することのなかった父なので、
なかなか言い出せずにいます。

子供にも、
親の価値観を植え付けるだけの「褒め言葉」ではなく、
「そのまま、ありのままでいいんだよ、生きていてくれてありがとう」
って言えたら、
その子の「本当の個性」が見つかりやすくなるんじゃないでしょうか。
そうすれば、「自分が生まれてきた目的」をすぐに思い出せるのかもしれない。

な〜んてことを考えている秋の夜長でした。

人気ブログランキングへ←ポチッとしてもらえたら、クリキンディ伸びます!

心のコンパスに従って生きていたら、いろんなことが見えてきました。