「恋愛の話」カテゴリーアーカイブ

モトカレに会う気持ち

「モトカレ」とか「モトカノ」とか、
なんというか、青春の甘酸っぱい香りがしますね〜
人生の1ページを彩る「ご縁」があったのに、
いつのまにか、歩く道が別々になってしまった人。

クリキンディの豊富な恋愛経験の中で(…ウソです…見栄張ってみました…)
今でも「大好き」と言い合えるモトカレに会いました。

仕事の関係で、クリキンディの住む町に行くので
久しぶりに会おうか、という電話が来ました。
奥さんが仕事で出かけていない隙を見て、コソコソ電話をくれました。
おい、モトカノならいつでもやらしてくれるとか思ってないか!?(怒)
残念だがやらしてあげない!

だけど、会いたいと思いました。
あの大地震の後、
人生っていつどうなるかわからない、
それならば悔いのないように、思ったことはすぐに実行しておこう、
そう考えを変えた人が多いように思いませんか?

私たちの付き合いはほんの1年ちょっとでした。
彼は学生時代をこの町で過ごし、
その青春のほんの1ページをクリキンディと彩っただけですが、
なんとなく、心のどこかで終わっていなかったのかもしれません。

もうお互いに結婚もして、子供もいて、
まったく別々な人生を歩んでいるというのに、
ふとした拍子に思い出します。
これはちゃんと会って話をして、自分の中で終わらせておかなくちゃいけないのかな、
なんて思いました。

そして……
久しぶりに会った瞬間、
「ああ、やっぱりこの人好き!」
と感じました。

顔が好き。
笑顔が好き。
バランスが好き。
その話し方が好き。

もうお互いに随分年をとっているけれど、
今ここで、もしはじめて出会ったとしたら、
やっぱり恋に落ちたかもしれない。

だけど、ゆっくり話をすればするほど、
「私たちって共通の趣味がまったくといっていいほどないね!」
ということがわかります。
それぞれが人生の目標としていること、
幸せの価値観とか、大事にしていることとか、
そういうものがまったく交差しないんですね。
だから1年ぐらいで別れちゃったわけだ〜。w

人を好きになるのに、
大きくふたつのパターンがあるんだなぁと思います。
いわゆるひとめ惚れという形と、
最初はなんとも思わなかったけれど、少しずつ寄り添って好きになっていくという形。

見た目で好きになって、お互いの趣味や目標が一緒ならもちろんベストです。
最近は結婚しない人が増えているのは、
その希少な出会いを待ち過ぎているのかもしれませんね。

どんな出会いであっても、
何かしらの縁があって、お互いの人生にいろいろな影響を与えているのだと思います。

生まれる前に、
「私があそこで、こんな情報を伝える役割をやるからね」
って約束してきているのかもしれません。
そう思えば、どんな小さな出会いでも、
自分の心が動くものには、「必然」があるのかもしれませんね。

みんな、出会ってくれてありがとう!

セクシャルマイノリティ

震災を機会に、自分を見つめ直す人が多いように思います。
クリキンディももちろんそうです。
今まで、様々な制限のかかった3次元に生きてきて、
自分が本当は何をしたいのか、わからなくなっていたんだとつくづく思います。
まぁ、今でもスッキリ「わかった!」ってわけじゃないんですけどね〜。

自分の恋愛について、ひとつ気づいたことがあります。
今までの人生の中で、クリキンディはとてもノーマルなストレートだと思っていました。
だから、何度か恋もしたし、あっと言う間に終わっちゃったけど、結婚もして、子供も生みました。

しかし、ここ数年、どうしても恋愛できないんです。
年のせいかな、とも思っていたのですが、
どうもそれだけではないような気がして。

誰かを好きになることがないわけではありません。
ですが、確率として、
相手がストレートではないことが多いんです。
もっとも多いのが、
「カミングアウトしていないゲイの男性」です。

ぱっと見は、ストレートに見えるし、
本人もストレートの振りをしているので、
クリキンディ、普通に男性として「素敵だなぁ」と思うのですが、
親しくなるにつれ、
「ん?なんか違うかも?」と気づいちゃう。
私はどんなに努力しても恋愛対象になり得ないわけです。

どうやら、そんなパターンがいくつか続いて、
とても報われない気持ちになっていました。

でも、よくよく考えたら、
ゲイの人たちは、もともとの性が男であれ女であれ、
「自分が相手にとって恋愛対象でない」確率が高いわけですよね。
そんな不遇な環境を生き抜いてきた人たちだからこそ、
人間的に大きくて魅力的な人が多いのかなぁと思います。

さて、クリキンディは、この先恋愛できるとすれば、
「カミングアウトしていないゲイを男として好きになってしまう女性を好きな人」
を探さなくてはならないってことになりますね。
ああ、もうわけわからん〜。

もし、相手がバイセクシャルであれば、
男性にも女性にもジェラシーすることになって、
あああ、忙し過ぎる!

なんか今日は変な告白になっちゃってますが、
とりあえず、自分がセクシャルマイノリティであったことに
気づいちゃった記念日ってことで。

愛すること 愛されること

もしも、あなたの愛する人が、
あなた以外の人を愛してしまったら…
あなたは、その人のことを嫌いになりますか?憎みますか?恨みますか?

何年もつき合っていて、
結婚しようと思っていたあの人が、
突然「ごめんね、他の人を好きになってしまったから別れて欲しい」
そう言われたら、
あなたは、その人のことを嫌いになりますか?憎みますか?恨みますか?

何年も一緒に暮らしてきた夫(または妻)から、
突然「ごめんね、他の人を好きになってしまったから別れて欲しい」
そう言われたら、
あなたは、その人のことを嫌いになりますか?憎みますか?恨みますか?

何年も育ててきた大切な息子(または娘)から
突然「愛する人ができたから、この家を出ていきます」
と言われたら、
あなたは、その人のことを嫌いになりますか?憎みますか?恨みますか?

この違いはどこにあるんでしょうね?
相手が恋人や夫婦である場合、
「許せない」という気持ちになるのに、
それが子供であれば、「嫌い」になることはまずありませんよね。

これって、
同じように「相手を愛している」ように見えますが、
本当は違うんじゃないでしょうか。

相手を許せない、と思っている時は、
「愛されたい」もしくは「愛されるべきだ」って思っている時なんじゃないでしょうか。
だって、本当に相手を愛しているなら、相手の幸せを願うはずですよね。

相手が誰かを好きになって、幸せになりたい、と考えていて、それを行動に移した、
それは、
相手が自分を愛していないことがはっきりわかった、ということでもあります。

自分が相手に愛されたいと考えているなら、
それは不幸のはじまりです。

でも、相手を愛したいと考えていたら、
それは不幸とは言えません。

まず一番に「自分の幸せ」を考えるから、自分を不幸にしようとする相手を許せなくなる。
「相手の幸せ」を考えれば、相手を憎む理由もなくなります。

「愛」を求めているばかりでは幸せになれず、
「愛」を与えることで、本当の幸せになれるのかもしれないなぁ、と
最近思い始めました。

愛に限らず、人生すべて、こんな法則があるんじゃないかな…
そう思わせてくれたのが、
雲黒斎さんの「あの世に聞いた、この世のしくみ」に最近連載されている、
「極楽飯店」です。

クリキンディの話じゃ、ちっとも説得力ないし〜
と思った方は、ぜひ読んでみてくださいね。
(まだ完結していませんので第1話からどうぞ)

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不倫のウワサ

友人から、ちょっとした噂を聞きました。
妻子のあるA男さんが、独身のB子さんと最近よく一緒に行動していてあやしい、と。
A男さんとB子さんは、クリキンディの仲間であり、
A男さんの奥様は仕事上の知り合いです。

この噂を教えてくれた友人は、
「どうしよう?みんなすごく心配してるのよ」
と言います。

そうですね、
この場合の心配って、こんな感じの予測のもとにされていると思います。

A男さんの奥さんがこのことを知って悲しむ〜怒る〜離婚に発展〜子供がかわいそう。
奥さんにはバレなかったけど、A男さんは、単なる浮気で、あっさり捨てられたB子さんがかわいそう。
A男さんがB子さんに夢中になるが、奥さんが離婚承諾せず、刑事事件に発展、みんなが不幸になる。
etc…

こういうケースで、「みんなが幸せになりました!めでたしめでたし」
という話はあまり聞きませんよね。(ないとは言いませんよ〜)

ですが、
まわりがそんな心配や予測をしたからといって、
そして、その助言をしたとして、
この二人の気持ちを変えられる人などいるのでしょうか?

人を好きになるのに理由はありません。
そこに障害があろうがなかろうが、
好きと思う気持ちは、消しゴムで消すようになくなるものじゃありません。

そして、燃え上がった末に、予測通りの結果になったら、
「ほら、だからあの時に言ったじゃない!私の言う通りにしていればよかったのに」
なんて言っちゃいますよね?

これって、相手をなぐさめているのではなく、
「自分が正しく、相手が間違っていた」ことを主張しているだけで、
どこにも、思いやりのかけらがないと思いませんか。

本当の友達なら、
たとえ間違った道に進もうとしているように見えていても、
また、失敗したと感じて落ち込んでいたとしても、
友人の気持ちを理解してあげることが一番大切なんじゃないかな、と思うのです。

「え〜?ほんとの友達なら、そんなのは間違ってるって伝えるべきでしょう?」
って思う人も多いかもしれません。
でもね、
何が正しくて、何が間違っているか、そんなの誰にもわからないんです。

今回のケースで言えば、
A男さんとB子さんが、実は本当のソウルメイトで、
複雑な感情を学ぶために自分たちで選んだ試練なのかもしれないんです。
…ちょっとこじつけっぽいかな…(;^_^A アセアセ

それを第3者が
「あなたは間違っている」なんて言う資格なんかないですよね。

どんな選択をしたとしても、
「あなたの直感と選択を信じて応援する」
そんな友達がいたら、どれほど心強いでしょう。

もし、友人が、自分の選択が間違っていたと感じて、落ち込んでいたなら、
反対の選択をすべきだった、と悔やんでいたなら、
「あなたは間違ってなんかいない、あの時のあなたにとって最良の選択だった」
と言ってあげられる友人でいたいと思うのです。

今、私にできることは、
「心配」ではなく「信じる」こと。

こうやって書きながら、心の片隅で「心配」しているクリキンディもいるんですけどね……

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叶わぬ想い

Jの夢を見た。
小さな劇場で、彼のワークショップが行われている夢。

ちょうど前日がJの誕生日だったからかなぁ…
なんて思って目が覚めた。
もうだいぶ長いこと会っていないのに。

はじめて会った時に、
ああ、この人が好き、そう感じた。
一緒に仕事をするようになって、
ふたりの共通点を見つけ、
もっと好きになっていった。

だけど、彼が好きなのは私じゃない。
それだけは、はっきりわかっていた。

たぶん、
やっぱり、
私たちは前にも出会っていたはず。

それは、大きな戦争が行われていた時代のこと。
私とJは、同じ軍隊に所属し、同性同士で魅かれ合った。
はじめて会った時に感じた気持ちは、
きっとそこから来ているんだと思う。

夢を見た日、
ある場所に用事があって出かけた私の耳に、飛び込んできたのは、
館内アナウンスによる、
Jのワークショップ開始を告げる声だった。

開催することは知っていたけれど、
ここで、この時間に始まるなんてこと、覚えていなかった。
思えば、ここへは一時間前に到着していてもおかしくなかったのに、
なんとなく時間調整が入った感じ。
本当に、ぴったり、彼に会うためにここに来させられたような気がする。

久しぶりに会ったJは以前と同じように素敵だった。
そして、気持ちが私に向いていないことも同じ…

客席から「愛してるよ」ってつぶやいてみた。

☆実話なんです。
 一体、なんのメッセージなんでしょう?
 ご丁寧に夢まで見させられて、
 本人に「誕生日おめでとう」って言うためだけの出来事だとは思えないんですけど…
 天使さん、一体何の意味があるのか教えて〜〜〜!って呼びかけてるんですが、
 未だに不明です……

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