世界遺産の宮原坑を訪ねてみたら知らないことだらけだった


私は普段からあまり計画的に行動するタイプではありません。
なんとなく世界遺産の看板を見つけちゃったんで、ちょっと寄り道してみたシリーズです。
(そんなシリーズない…w)

今回訪れたのは「宮原坑」という場所なんですが、
これは2015年に登録された、

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業」

という長ったらしい名称の文化遺産群のひとつです。
日本各地に23箇所ある明治時代のもろもろのひとつで、
石炭の採掘場跡になります。

以前、その23箇所のうちの別な場所を訪れた時のことを過去に記事にしていますので、興味があればこちらもどうぞ。

♪月がぁ〜出った出〜たぁ 月がぁ出た あヨイヨイ

いきなり歌ってみましたが、盆踊りとかでお馴染みの「炭坑節」は
石炭採掘場「三池炭鉱」が歌詞に入っています。

実はもともとの歌詞は三池炭鉱ではなかったらしいんですが、
今ではこの歌詞がメジャーになってますね。

三池炭鉱というのは、明治時代からなんと平成9年まで稼働していた福岡県南部にある炭鉱群です。
今回私が訪ねた宮原坑以外にもいくつもあるそうです。

白い鉄塔のようなところは、石炭掘削のために人夫が下りるエレベーターのようなものが設置されています。

そしてちょっとお堀のようになっている場所に見えているのは枕木です。
当時、石炭を運ぶために線路が敷かれていたそうです。

まず、私がただ無知だという話でもあるんですが…
三池炭鉱はなんとなく山にあるのかなと勝手に思い込んでました。
そして大規模な炭鉱が斜面に広がってるのかなぁみたいな。

実際には、山じゃなく平地です。
かなり広いエリアに何箇所もの立坑が作られていて、なんと海の中にもあるんです。

石炭の出る地層がわりと広い範囲にあったらしく、陸地だけでなく海の底にもあったため、有明海に人工島を作ってそこから立坑を掘ったそうな。

石炭掘削は地下水との戦いでもあったそうです。
初めの頃は水を汲み上げるために、大きな水車をいくつも並べて、人夫がそれを回していたのだとか。

後にモーターを使って水を汲み上げる機械がイギリスから導入され、その動力を賄うために、石炭を燃やして発電していたんだそうです。

♪あんまぁりぃ〜煙突がぁ〜〜高いぃのでぇ〜
さぁぞーやぁ お月さんも 煙たかぁろ サノヨイヨイ

炭坑節の煙突はそのためのものだったんですね〜。

さらにボランティアガイドの方からまだまだ知らない話を教えていただきました。

ここで働いていた人の中には「囚人」が結構いたのだそうです。
炭鉱の近くに刑務所があり、人足が足りない時にはそこから借り出して働かせていたそうです。

そしてこの近くには囚人墓地もありますよ、という情報までいただきました。

それって……!

三井三池炭鉱の歴史年表を確認してみたら、囚人の使役については昭和5年に廃止されたようですが、それ以前には実際にあったわけですよね。

今私が学んでいる地球の歴史とも繋がる部分があったので、ちょっと驚きましたが、いろいろ腑に落ちたことも確かです。

ちょっと軽い気持ちで寄り道して、ほんの15分ぐらいしか見学してないのに、知らないことだらけで本当に勉強になりました。

なんとなく「知ってるつもり」で深く知ろうと思っていなかったこと、まだまだ探求すべきことはたくさんあるのね、と思った出来事だったので、久々の旅ログでした。

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