震災後、流行語大賞を取るんじゃないかという勢いでしたね、この言葉。
「そっか、大丈夫っぽいね」ってみんな一瞬思いましたよねー。
そしてその後に、枝野さんが福島を訪れた時のフル装備の防護服の写真を見て、
いろんな反応がありました…
震災後、流行語大賞を取るんじゃないかという勢いでしたね、この言葉。
「そっか、大丈夫っぽいね」ってみんな一瞬思いましたよねー。
そしてその後に、枝野さんが福島を訪れた時のフル装備の防護服の写真を見て、
いろんな反応がありました…
311からの原発事故にともなって、
東日本から移住した人、定期的に避難している人、
この数は公にはされませんがかなりの数に達しているらしいです。
クリキンディもその1人です。(家族も一緒だから3人ね)
移住された方の中に、ゴーストライターとして活躍しているプロの作家さんがいまして、
移住にまつわるエピソードを書き残したい、と考えたそうなのですが、
しかしながら、大手メディアは(テレビも出版社も)それを世に出すことを渋りました。
そこで「今まで80冊以上も書いてきたけど、今回初めて自分の名前で自費出版しました」
ということで世に出されたのがこの2冊。
続きを読む インディアン同窓会?
「アイーン」それは、
あの伝説の…
いや、もったいぶってもしょうがないんでさっさと言いますが、
あの志村けんさんの持ちネタですな。
下あごを上あごより前に突き出して、
あごに手を添えてアイーン!って言うだけなんですが、
この顔が、震災後できなくなっていました。
大きな地震をなんとかやり過ごし、余震に怯えながらろうそくの灯りの中、
誰かが持ってきた携帯のワンセグで、はじめて津波のことを知りました。
危険を知らせる情報は、停電してしまえば、必要な人には届かないのです。
遠く離れた場所からテレビを見ている人だけが、悲惨な状況をリアルタイムで知り得ました。
それは原発事故についても同じ事です。
被災地に居た人たちは、水や食料、電池や燃料を得るために、
あれから数週間は、何時間も外に並びましたが、
今思えば、クリキンディは、あの時確かに空気に違和感を感じていました。
それでも目に見えず、臭いもない放射能の存在を意識するのは難しいことです。
スーパーに並ぶ長蛇の列の側では、帽子もマスクもなしに、子供たちが走り回っているのを
やり切れない思いで見ているしかありませんでした。