偶像崇拝とアイドルの追っかけが似ている件



アイドルの本当の意味

アイドルという言葉からは、芸能人をイメージする人が多いと思いますが、本来は、こんな意味があります。
1偶像
2崇拝される人や物

偶像っていうと「仏像」とか「マリア像」とか想像しちゃうのは私だけでしょうかね〜
そして、「崇拝される」となると、やっぱり「神様」とか「教祖様」とか考えちゃいますよね。
なんか、テレビに出ている「アイドル」はもうちょっと身近というか、楽しませてくれる存在、みたいなイメージがありますよね。

でもよくよく考えてみたら、これはやっぱり一緒なんだね、って気付いちゃいました。


アイドルと偶像の共通点

うちのおばあちゃん、昔から「四国八十八ヶ所を歩いて巡礼したい」が夢だったんです。
80歳を超えた今、さすがに歩いて巡礼はできないけれど、旅行社の企画で「一年かけて八十八ヶ所を巡るツァー」に参加することにしました。

月に一度、7〜12ヶ所ぐらい巡るのですが、それぞれの札所に般若心経を写経したものを納めるため、旅行に出かける前に、何通も写経をしています。
また、1ヶ所に付き、必ずお参りするポイントが2ヶ所あるので(仏様と空海さんを別々に祀ってある)それぞれにお賽銭をあげ、毎回般若心経をみんなで唱えるのだそうです。
修行所として、山の上などとても不便な場所にあったりもするので、階段の上り下りも老人にはかなりキツイ行程だと思われます。

私にとってはこの旅行は「苦行」にしか思えないのですが、おばあちゃんは毎月、嬉々として朝早くから出かけていきます。
どうやら、おばあちゃんにとっては、仏様と空海さんの縁の場所を詣でることが楽しくてしょうがないようです。
聞けばこのツァーの参加者はリピーターがとても多くて、八十八ヶ所を巡り終えても、2巡、3巡する方もたくさんいるのだとか。
またお寺の敷地内には、人の名前と寄進した金額が書いてあるものを見かけると思いますが、そのような寄進をしたい人もたくさんいるようです。
おばあちゃんも、あるところに寄進して石柱を立ててもらったようなのですが、そこに名前を刻んでもらったことが誇りのようです。

うん、これってなにかに似ている……。

私の友人に「嵐」と「関ジャニ」のファンクラブに入っている人がいまして、なかなかコンサートの抽選に当たらないことをいつも嘆いています。
でも運良く当たれば交通費をかけて遠くまで出かけて、長蛇の列に並び、高価なオリジナルグッズを買い込んで、般若心経ならぬCDの歌を一緒に歌ってくるわけです。

嵐にも関ジャニにも興味のない私にとっては、やっぱり苦行としか思えないのですが、彼女はとても楽しそうです。

どちらの場合も、「自分が直接関われる相手ではない」ので「偶像」=「アイドル」と言っていいと思います。
でもそこに少しでも近づけるチャンスがあるのなら、お金を払ってそこに自分の痕跡を残したいと願う気持ちはよくわかります。

私にももちろんたくさんアイドルは存在するわけで。マイケル・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、トム・クルーズ、山本太郎、山下達郎…
芸能人だけじゃないですよね、自分の生き方に影響を与えた本の作者や、映画監督、趣味の世界(スポーツやアートなど)、宗教界や超能力界での有名人も、アイドルと言っていいと思います。
最近では二次元アイドルもたくさん出てきましたよね。


アイドル歌手はう◯こしない

旧約聖書の中に、モーゼが神から「偶像崇拝をしてはならない」と言われた有名な記述があります。
これっていったいどういう意味なのかな、と思いませんか?
単純に「神を型どった彫刻的なものを拝んではならない」という意味にとれば、世界中に存在する仏像や観音像、キリストやマリア像を否定することになります。

でも、もしかしたらもっと深い意味があったのかもしれないなと思います。
形がどうこう、という話ではなく、偶像、アイドルというのは、先ほども言ったように「自分が直接関われる存在ではない」ということですよね。
話しかけたら返事をしてくれるわけでもなく、一緒に食事したり遊んだりできる相手でもありません。

でもそこに彫刻の像や、まぁ今なら写真や動画、フィギュアのようなものが存在するとなると、なんとなく話しかけちゃったりするわけで、その返事も勝手に想像しちゃったり、行動さえ想像できちゃうわけです。

たとえば「アイドル歌手はう◯こしない」とかね。(笑)
「仏陀やイエスは人として尊敬できないことなどしない」と思っているのと似てますよねー。

どんどん理想化していって、そこにお金や時間を注ぎ込むのは、楽しいことではあるけれど「地に足をつけて現実を生きる」ことから目をそらすことになっているのかもしれないと思います。

理想化された偶像ではなく、人と関わって生きることでしか学べないことがきっとたくさんあるんですよ。
だから神様は「偶像崇拝」を禁じたんじゃないかな、と思います。


偶像崇拝してもいいんじゃない?

いきなり神様への挑戦状みたいになっちゃいましたが、こういうことを分かった上で、偶像崇拝するなら、楽しいしいいんじゃないかな〜なんて思います。

おばあちゃんは、八十八ヶ所めぐりをすることで、自分の足で歩いて、同じツァーに参加した人たちとの交流が新たに生まれたわけです。
ジャニーズやAKB、エグザイルを好きな人たちも、同じ仲間と出会う機会があります。
新興宗教やスピリチュアリストにハマる人たちも、そこに関わる人たちとの出会いがあります。
二次元好きでフィギュアを宝物にしている人だって、同じ仲間がいるわけです。

自分の人生の舵を、崇拝した相手に渡してしまうのではなく、自分の意思で生きることさえ忘れなければいいんじゃないかな〜なんてね。
みなさんも自分のアイドルは誰かなぁ〜って考えてみてくださいね。


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