「生き方・気付き」カテゴリーアーカイブ

きびだんごを食べて日本一周旅行に出よう!

051951

大学を休学中の息子が、
「友達と日本一周旅行の計画を立ててるんだ〜」と言っています。
旅が大好きなクリキンディとしては、
おお、それは楽しそうだから行ってこい!今しかできないいことだからね。資金の協力もするぞ〜、
と何度も言っているのですが、
これがなかなか進まないんです。

続きを読む きびだんごを食べて日本一周旅行に出よう!

他人の悩みをなぐさめるのは逆効果?

おはようございます。
町内会の運動会の花火がバンバン鳴っていた事に気付かず、
爆睡していた朝寝坊のクリキンディです。

友人に、やせの大食いタイプの人がいまして、
「食べても太らないなんてうらやましい〜」と言うと、
「おれは太りたいんだよ〜!」と怒られちゃいました。

クリキンディは髪の量が多くて一本一本が太いのが悩みなんですが、
それを言うと、
「禿げてる人よりいいじゃん、うらやましいよ」
と言われます。

人は、誰かから悩みやコンプレックスについての話題をふられたら、
なんとかしてなぐさめようとしますよね。

「色が黒いのが悩み」→「健康的で素敵」
「おしりが大きいのが悩み」→「セクシーでいいじゃない!」
「野太くて低い声がイヤ」→「高くて細い声よりかっこいいよ」
「お金がない」→「お金持ちの遺産相続は大変なのよ」
「親が厳しくて…」→「小言を言ってくれる親がいない人だっているのよ」

でも、これって本当になぐさめになってるんでしょうか。
例えば、食べても太らない体質の人に「うらやましい」と思うのは、
正直な気持ちであって、心から真実を伝えているのですが、
それは「自分の気持ちを主張しているだけ」なんですね。
悩んでいる人の気持ちにまったく寄り添っていない。

たぶん、こういう場合、
「そうだよね、太りたいのに太れないなんて辛いね」
と、ただその気持ちを認めてあげるだけでいいんじゃないかと思うのです。

クリキンディ自身の話をすれば、
「毛」にまつわる悩みについて、
今まで「それはさぞかし辛かったでしょう」と言ってくれる人に会ったことがありません。
もし、そんな人がいたら、泣いちゃうかもしれません。
そして好きになっちゃうかも!?ww

人は、良かれと思っていろんな行動をとりますが、
それは、必ずしも相手にとってうれしい行動とは限らないということなんですよね。

いつもの自分の言動を、
ちょっと見直してみようと思います。

←クリキンディのブログおよびツイートがまとめて見られます。

←押してもらえないのが悩みです。

iPhoneは進化してるのにどうして飛行機は進化しないのか

iPhoneの地図アプリがネタとして秀逸だとか、
iPhone10のサイズはだいぶ長そうだとか、
本当にAppleさんって、ユーザーを楽しませてくれますよね〜。
PCはMacintoshだけど携帯はガラケーのクリキンディです。

携帯に限らず、ここ数十年の技術の進歩というのは本当にすごくて、
クリキンディの子供の頃は、自宅に電話がなくて、
お隣の電話を借りるなんてこともあったし、
プッシュホンの「ピポパ」が流行語になった時代もあれば、
今では当たり前の「誰から電話がかかってきたかわかる」なんてことは、
想像もできませんでした。
SF小説の中にしか登場しなかったテレビ電話や、
どこにいても、仕事や買い物ができるとか、
まったくまったく進化が早過ぎです。

それなのに、
飛行機の進化はなぜこんなにも遅いんでしょう。

この夏、久しぶりに国際線に乗りましたが、
10時間近くあの狭いシートに閉じ込められて、
あまりおいしいとは言えない機内食を食べて、
寝るか、映画を見るかしかできないあの辛さ。
なぜあれが改善できないんでしょうね?

クリキンディの家に黒電話がやってきた時から、
飛行機は、ほとんど進化していません。

そりゃ、新型の飛行機の高価なシートは、
少々乗り心地は改善されていますが、
飛行機自体に大きな変化はありません。

例えば、列車ですら、移動速度はどんどん早くなっているのに、
飛行機での移動時間はほとんど変わりません。
長い滑走路が必要で、たくさんの燃料を必要とし、
形にもほとんど変化はありません。

携帯電話の技術者は、技術革新に熱心で、
飛行機の技術者は、進化に興味がないんでしょうか?

そんなわけないですよね?
垂直離陸を研究している人だってたくさんいるでしょうし、
もっと空気抵抗を減らして早く、静かに飛ぶための研究をしている人もいるでしょう。

それなのに、なぜ一般旅客機は変化しないのでしょう。
ここからは、クリキンディの勝手な想像ですが……
たぶん、とっくに進化してるんじゃないでしょうか。
たとえば、UFOと呼ばれるもののなかに、
地球製の飛行機も存在するんじゃないのかなぁ〜
それが一般に公にならない理由は、
それが軍事力に直結するから、だったりしませんかね〜?
第二次大戦中に、ドイツ軍がすでに垂直離陸できる飛行機を開発したというのは、
よく知られている話です。
エリアごじゅうとかろくじゅうとか呼ばれているあたりに、
垂直離陸できる飛行機の開発施設かなんかあったりしませんかね〜?

世の中私たち一般ぴーぷるが知らないこと、
きっともっとたくさんあるんだと思います。
核爆弾の開発をやめた国は、
他のもっと効率のいい攻撃方法を思いついたかもしれないし、
資源に頼らない発電方法だって、すでにあるような気がしませんか?

自分が「支配者」の立場だったら…
もっとお金を儲けて、自分の都合のいい世の中にするために、
どうすればいいか、
ちょっとずる賢く考えてみたら、きっといろんな視点に気付くんじゃないかなぁ〜〜

←クリキンディのブログおよびツイートがまとめて見られます。

←進化の道はクリックから。

制服は好きですか?

デパートになぜか人がたくさんいるなぁと思ったら、
中高生の制服売り場で順番待ちしている人たちでした。
もうそんな時期なんですね。

日本全国どこでもそうなのかどうかわかりませんが、
クリキンディの住む町では、
中高生の制服は「完全オーダーメイド」です。

その道の専門家と思われるおじさんやおばさんが、
メジャーを持って、
子供たちのサイズを測って記録していきます。
子供たちは、自分専用の洋服が作られる経験に、
ちょっと自分が大人扱いされているような、
くすぐったい気持ちを感じます。

でもね〜〜
成長期まっただ中で、
日に日にサイズが変わっていく時期の子供の
身体のサイズを測って何の意味があるんじゃ〜〜〜!

結局測ったサイズから、
なんとなく大きくなるであろうサイズを予測して、
(付き添っている親のサイズとかを観察しているらしいっすよ)
「現在はサイズの合わない」大き目の洋服を作っているわけです。

そもそも「オーダーメイド」ってのは、
その人の身体にピッタリ合うものを作ることに意味があるんじゃないっすか!?

新陳代謝も激しくて、汗かくし、
道路に座り込んだりもするし、
汚れるは、ほころぶは、洋服をちっとも大事にしない年代の子供に、
3年間で1着しか制服を与えないって、どうなんでしょう?
お金に余裕のある家庭ならともかく、
この制服のシステムっておかしいなぁと、
ずっと(自分が中学生の頃から)思ってました。

どうせ同じデザインなんだから、
普通に吊るしで各サイズを安く販売してくれたら、
身長が伸びたり、汚れたり傷ついたりした時に、気軽に買えるのにね。

で、こんな意味のないシステムが、
毎年毎年続けられている理由、
皆さんはおわかりですよね?

学校指定のデパートがあって、
そこから発注される洋裁店があって、
デパートからは学校側になんらかのマージンとかご接待とかあったりするかも……?

誰のための制服オーダーなんでしょうね?
子供たちのことを一番に考えるなら、
こんなシステムにはならないはず。

っていうかぁ〜〜〜
そもそも中高生に制服は必要なんでしょうか?
もちろんメリットがないとはいいませんよ。
だけど、
子供たちの個性の芽を伸ばせるとは思えません。

クリキンディったら、
たかが制服のことで、何をそんなに熱くなってるのさ、
と思っている皆さん、
一事が万事です。

この延長戦上に、
「地震多発国での原発推進」があるんですよ。
みんな、早くりんごを食べて、エデンを脱出しましょう〜!

←こういうシステムはいいと思うんですが…

エネルギーの奪い合い、与え合い

ちょっと前に「聖なる予言とでんじろう先生の実験」
という記事を書きましたが、
今日は、ちょっとわかりやすい出来事があったので、覚え書き。

片側1車線の古い国道を走っている時のこと、
右側の住宅地から、国道に出る市道に、
車が数台停車しています。
信号がなく、クリキンディが走っている国道の車線に出るために、
右折信号を上げて待っています。

クリキンディの進行方向、100mほどのところに大きな交差点があり、
信号は赤です。
反対車線から来る車もちょうど途切れています。
スピードも落ちていたので、市道から出てくる車を入れてあげるために、
一旦停止しました。
その瞬間、クリキンディの後ろにいた車がクラクションを鳴らしました。
「お前、なに道譲ってんだよ!こっちは急いでるんだよ」的なニュアンスです。

うーん、譲っても譲らなくても、この先は赤信号だし、
大して変わらないのになぁ…
出ようとしていた車は2台いましたので、
2台とも行かせたのですが、
2台目が国道に出る時に、再び後ろからクラクション。

よほど急いでいるのかと思いきや、
信号を超えて走り出したら、左車線に入って随分後方になってしまいました。
おそらく、「道を譲る」こと自体が嫌いだったのかもしれませんね。

これをエネルギー的に考えると、
道を譲っているクリキンディは、「道を譲って気分がよくなる」感じです。
道を譲られた人は、「気持ちよく譲られた」気分ですよね。

ですが、クラクションを鳴らされたクリキンディの気分は、
「エネルギーを奪われた」感じです。
そして、クラクションを鳴らした人は、「自分の時間を奪われた」気分なんじゃないでしょうか。

難しいですね〜。
誰かに与えることで豊かな気持ちになるけれど、
誰かから奪うことで、自分は奪われた気分になる。

振り返ってみれば、クリキンディの今までの生き方は、
「正しさ」を武器にして、相手を支配し、
エネルギーを奪うことを得意としてきたような気がします。
しかし、それではちっとも幸せになれなかった。
そんな大切なことに気付かせてもらえた出来事でした。