「檻」からの脱出


おいら、いつからここにいたんだろう…?
気がついたらとても小さな部屋にいた。
たぶん「檻」と呼ばれる場所だと思う。

部屋にはおいらしかいない。
時々、壁の向こうから、誰かが話しかけているような気がするけど、
何を言っているのかおいらには聞き取れなかった。

お腹がすくと、
誰かが飯を運んできてくれた。
おいらの担当はひとりじゃないらしい。

おいらは、そのうちのひとりの女性に恋をした。
彼女が飯を運んできてくれるのが待ち遠しくて、
違う人の時はがっかりだが、
彼女が来た時には、最高の笑顔で話しかけてみたさ。
彼女はとても優しく接してくれた。
たぶん、彼女もおいらに好意を持っていたはずだ。
だけど、彼女は決しておいらの部屋には入って来なかった。
そりゃそうだよな…檻だもんな。

ある日、なぜか、
本当に突然、おいらはその檻から出ることができた。
車に乗せられて、どこか違う場所へ移動させられるらしい。
だけど、誰も何の説明もしてくれなかった。
あの彼女はほんの少しだけ悲しそうな顔をして、
それから、最高の笑顔で見送ってくれた。

車を降りて、連れていかれた場所は、
思いのほか広い、明るい、とても気持ちのいい部屋だった。
「檻」じゃなさそうだ。
そして、何よりひとりぼっちじゃなかった。

車を運転していた女性がその部屋で一緒にいてくれるらしい。
監視役ってことか…。
ただ、言葉が通じなかった。
彼女はしきりにおいらに話しかけてくれたし、
おいらも一生懸命伝えようとしたが、
どうしても意思の疎通が図れなかった。
時間をかけるしかなさそうだ。

そんな彼女との暮らしが始まって間もなく一年が経とうとしていた。
おいらは少し前から彼女とベッドを共にするようになっていたが、
相変わらず、彼女の言葉はおいらには理解できなかったし、
おいらの気持ちも、彼女には伝わらなかった。
おいらは部屋の外へ出たいと思っていたが、彼女が絶対にそれを許してくれなかった。
やっぱり、ここもちょっと広いだけの「檻」なんだな。
おいらは、いったいどんな罪を犯したんだろう。まったく思い当たる節がないんだが…
誰も面会に来ないってことは、家族もおいらのことを見放しているのか…。

それでもたぶん、おいらはだいぶ、彼女のことを好きになりかけていたんだと思う。
外には出られないが、そんなに苦痛というわけでもなかった。

しかし、チャンスは突然やってきた。
ある日、宅配便かなにかがやってきてドアを開けたんだ。
彼女はちょうど着替えていて、すぐに出られなかった。
今だ!
もう無我夢中だった。宅配便の人の脇をすり抜けて、
外に出てとにかく走り続けた。

太陽がまぶしい。
風がおいらのヒゲとしっぽを優しく通り抜けていく。

遠くで彼女が叫んでいる。
「きゃ〜!誰かうちの猫をつかまえてください!」

おいらには彼女がなんて言っているのか全然理解できなかったが、
「檻」に連れ戻されるだろうことは予想がついた。

「やだぁ〜!ペットショップで買ってきた血統書付きなのに〜!」
なんだかわからないが、彼女は叫びながら泣いているようにも見えた。

自由だ!
おいらは自分の意思でどこにでも行けるんだ〜!

次の日…
自由ってのは腹が減るなぁ。

その次の日…
やっと言葉が通じるやつに出会えたけど、
そいつにひっかかれたぜ。「俺の縄張りに入るな!」って言われたよ。ちっ。

その次の日…
ああ、腹減った…。もうだめだ。
うぉっ!あぶねえじゃねえか!黒い丸い早い転がるやつに襲われそうになったぜ。
おいらはそいつを睨みつけてやったさ。逃げていったよ、ははは。

「わ!あぶなく猫をひくところだったわ!
さっさと道路を横切れば良いのに、
なぜか猫っていったん道の真ん中で立ち止まるのよね〜」

それにしても、腹減ったぜ。
あ…なんか聞いたことのある音だな…
キラキラのグラスを銀色のスプーンで叩くような音…
この音が聞こえたら、おいしい缶詰にありつけるんだよな。

おいらはふらふらしながら音のする方へ導かれていった。

「あああああ!ミィちゃん、今までどこに行っていたのよ。
本当に心配したんだから〜〜!こんなに痩せちゃって〜、
でも帰ってきてくれてよかったぁ〜〜〜」

「檻」の暮らしも悪くはないよな…。
だけど、やっぱり一度は外に出てみたいってもんだろ。
じゃないと、「檻」が快適だったなんてことに気付かないもんな。
うん、おいら、もう脱走はしないぜ。
ゴロゴロ…ゴロゴロ…

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