夕暮れ時、村から少し離れた道の脇の切り株に、
ひとりの旅人が腰掛けていた。
「ああ、疲れた…。もう一歩も歩けそうにないよ…」
しかし、今夜の宿も決めていない。
懐も軽く、夕食にすらありつけそうにない。
しかも、その背中には、大きな薄汚れた荷物がふたつ。
「ああ、私はどうすればいいんだろう。
世の中の悪と戦って、この国を平和にしたい、
そう思って旅に出たはずなのに、
桃太郎のように、簡単に鬼退治ってわけには行かなかった…」
一番星が見え始めた。
カラスが、山に向かって飛んで行く。
旅人は、鬼退治さえすれば、みんなが幸せになるのだと思っていた。
しかし、
旅人には、誰が鬼で、誰が鬼じゃないのか、もうわからなかった。
ある鬼は、お金が大好きだった。
お金を手に入れるために、様々な嘘をつき、善良な人からまきあげて姿をくらまし、
別な町で、また新しい嘘をついた。
また、ある鬼は、愛を欲しがった。
愛と感じられるなら、なんでもいいようだった。
常に愛の言葉を欲し、愛の表現としての貢ぎ物を欲し、
ほんの少しでも、そのものが他への愛情を示せば、裏切りと看做し、様々な攻撃をした。
また、こんな鬼もいた。
「お前のためにしてやっているんだ。おれの言うことを聞けば幸せになるが、聞かなければ不幸になるぞ」
そうやって、自分の幸せの基準を相手に押し付けて、恐怖心を刷り込む。
この鬼は、本当にやっかいだ。
あろうことか、この行動を「愛」だと信じてやっている。自分が鬼であることに気付かない…。
しかし、この国にもっともたくさん存在していた鬼は、
旅人をもっとも落ち込ませた。
彼らは、なるべく、となりの鬼と違うことをせず、目立たないように生きていた。
もし、誰かが「お金の鬼」や「愛情の鬼」にとりつかれて泣いていたら、
その被害者が自分でなくてよかった…
そう思って、遠くから見ているだけだった。
旅人は、彼らを「無関心の鬼」と名付けた。
「無関心の鬼」は、とても視野が狭かった。
おそらく自分と、その周辺しか見えていない。
遠くで起きている山火事が、自分のせいで起きていることに気付かず、
火を消そうともしなかった。
「だって、オレたち困ってないし。困ってる誰かが消せばいいんじゃね?」
もう、旅人は立ち上がることすらできなかった。
空はすっかり暗くなり、東の空からは月がのぼりはじめた。
「神様…私はもう戦えません。この国は鬼だらけです。
悪を倒せば平和な世の中になると思っていたけれど、そうじゃなかった…。
神様、私の負けです。助けて下さい」
小さくつぶやいた旅人の口元に、白いものが舞い降りてきた。
雪だ。
このまま、凍えて息絶えてしまうかと思われた。
「神様、神様、そろそろいいんじゃないですか?すっかり懲りたようですよ。もう許してあげましょうよ」
天界では、美しい羽衣をまとった天女が、神様を説得していた。
「うむ、そうじゃのう。あいつもようやく気付いたようじゃし、許してやるか。」
神様がピカピカに磨き込まれた杖を軽く一振りした。
半分雪の中に埋もれかけていた旅人は、
ハッと目を覚ました。
背中に背負ったふたつの大きな荷物を、背伸びしながら拡げると、
それは大きな白い翼となった。
ふわりと飛び上がり、天界を目指す旅人の本当の職業は「天使」だった。
眼下に広がる美しい地球を眺めながら、天使は思っていた。
「世界は、善と悪でできているわけじゃなかった。」
神様はいつも言っていたのだ。
「勧善懲悪なんておとぎ話じゃ!水戸黄門が現実なわけがなかろうが!」
「神様、私は天使として本当に未熟でした。
天から眺めるだけでなく、実際に旅をして、人と触れ合って、ようやくわかりました。
鬼たちを倒すのではなく、救うべきだったんですね。
神様、私、休暇のあとで、またがんばっちゃいますからね〜!」
私たち人間は、未熟な天使さんには「鬼」に見えているのかもしれませんよ〜(* ̄m ̄)