神社やお寺ではっきりとわかる言葉を使わない理由


神社で、なにかしらの祈祷を受けたことがある人も多いと思いますが、
あれって、神主さんは、いったい何をしゃべっているのかなぁ?と思いませんか?
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なんだかよくわからない妙なリズムと音程で、お経を読んでいるの?と思いきや、
「♪ふーくぅおーかぁけーん〜〇〇しぃ〜」
んん?これ住所を読んでるんだ!と気付いた時のおかしさと言ったら!もう笑いをこらえるのに必死です。

ちょっと話が変わりますが、うちの母は、昔から「八十八ヶ所巡りの旅」が夢だったそうで、
そういう人のための、旅行ツァーがあることを知って、参加し始めました。
八十八ヶ所を12回に分けて、一年間かけて少しずつ巡る旅行ツァーなのだそうです。
その初回の旅行の料金がエラく格安なのですが、その後少しずつ料金が上がっていきます。
まるでこれはデアゴスティーニと同じ商法のようです。(笑)

まぁ、でも「階段を上がるのが大変…」とか言いながらも、とても楽しそうに行っているようですが、
そのお寺を回る時に、必ず般若心経を読むのだそうです。
「で、意味、わかって読んでるの?」
と聞いてみると、
「いやぁ、あまりはっきりとは……」
って!(笑)

ちょっと調べてみると、般若心経は、もともとインドのもので、それを中国語に変換したものが日本に伝わり、
いろいろ混ぜこぜにして読んでいるらしいので、わからなくて当然と言えばそうなんですが。

ちなみに、知り合いのお坊さんに、なぜお経は、誰にでもわかるような言葉で読まれないのですか?と聞いてみたら、
「まあ、わかりにくいからいいとも言えますねー」
とおっしゃる。

ここで、もうひとつ宗教がらみの話をすると、
今から約18年ほど前に、音楽教室業界で、ゴスペルコーラスの大ブームが起きました。
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そもそも、キリスト教会で歌われる音楽なので、神様をほめたたえている歌詞とか、自分がいかに信仰深いか、みたいなことを歌っているわけです。
ただ、日本語に訳さずに、ほとんどのグループが英語で歌っているので、あまり意味を考えずに、音楽のひとつのジャンルとして楽しんでいるんですね。

これ、全部同じような感覚ですよね。

もし、神社で神主さんが、アナウンサーのようなはっきりとわかりやすい言葉で、祝詞を言っていたら…
もしお寺で、お坊さんが、子供にもわかるような言葉でお経を読んでいたら…
もしゴスペル教室で、完全に日本語に訳されたゴスペルソングを歌ったら…

たぶん、日本人の感覚の中に、「曖昧がかっこいい」みたいなものがあるんでしょうね。
でも、だからこそいろんなものに、じわじわと陰謀っぽい暗示が隠されていても、あまり抵抗なくやんわりと受け入れちゃっていたりするのかもしれませんね。

うーん、ニホンジン、面白い!


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