イエスが本当に伝えたかったことは十字架を崇めることじゃない


今から20数年前のこと。
折からのゴスペルコーラスブームに乗って、ゴスペルサークルを立ち上げました。
しばらくの間はものすごい人気ぶりで、教室に入りきれずキャンセル待ちのリストがあったほど…

指導する側も、入会希望者もほとんどがクリスチャンではありませんでしたので、教会側の方からは少々疎まれていました。
「信仰のないゴスペルクワイヤなど神への冒涜だ」と感じていた教会関係者ももちろんいましたが、最終的には「それでキリスト教に興味を持ってもらえるのならば…」と受け入れていただいたところが多かったように思います。

私自身も、ただコーラスの指導をするなら問題はありませんでしたが、さすがにキリスト教のことをよく知らないままに指導するのも気がひけて、そこからだいぶ勉強させていただきました。

ゴスペルブームが起こった理由は魂の記憶?

勉強するにあたって、キリスト教のことだけでなく、避けて通れなかったのが黒人奴隷の問題でした。
歴史で「三角貿易」という言葉を習った記憶はかすかにあるものの、実際どんなものなのかまったく理解しておらず、また人種差別問題についても「昔のことでしょ」ぐらいにしか考えていませんでした。

それにしても、なぜ日本でゴスペルがブームになったんでしょうね。
ブームのきっかけとなった映画「天使にラブソングを1・2」は1992年〜1993年に公開されていましたので、ゴスペルというものが日本で認知されるのに4~5年かかったとしても、なぜそこでみんなが急に「歌いたい」と思い始めたのか…

本当に不思議だと思いますが、実はひとつ思い当たる節もあります。
ここからは「信じるか信じないかはあなた次第」なお話となりますが…

何かがブームになる時というのは、前世と関わっていることがあります。
例えば映画「タイタニック」(1997年)が大ヒットした時、沖縄でメンタルクリニックを開設されている越智啓子さんが「タイタニックで亡くなった過去生の記憶を持ったクライアントがものすごく増えた」とおっしゃっていました。
そういう時は、一気に大勢が過去生の傷を癒して浄化するチャンスの波が来ていると考えるそうです。

そう考えれば17世紀頃から始まり、1865年の南北戦争で終わるまで続いた黒人奴隷貿易のために、大きな傷を抱えた魂たちが20世紀に生まれ変わり、それを癒すひとつのきっかけがゴスペルブームだったのかもしれないとも思います。

キリスト教に感じる違和感

私はクリスチャンではありません。
そのようなお誘いは何度もありましたが、聖書を読んだりして、いろいろ調べれば調べるほど違和感が増えていってしまい、どうしてもそこに気持ちが向きませんでした。

例えばイエス・キリストはなぜ処刑されたのか。
十字架にかけられるというのは相当残酷な処刑方法です。しかも市民の総意でイエスを十字架に磔にすると決まったんです。
つまり当時イエスを崇拝していた人はごく一部であり、世間的には反逆者というレッテルを貼られていたということです。
ユダヤ教の支配者からローマ帝国に委ねられてそこで処刑されています。

いったい、その罪人がなぜ救世主としてキリスト教で崇拝されることになったのか、しかもその残酷極まりない処刑姿を教会に飾り付けて崇拝するって、いったいどんな気持ちなんでしょう?

解釈もいろいろに分裂していて宗派がたくさんありますが、キリスト教をイエスが作ったのでないことだけははっきりしています。

例えばブッダ(釈迦)は自ら修行をして悟りを開き、弟子をとり、教えを伝えてそれが仏教となっていますので、その解釈の違いから宗派が分かれていきました。
イエスはそのような活動をしたわけではないんですよね。

豪華絢爛なバチカン

もうひとつ感じた大きな違和感は、キリスト教の総本山であるバチカンを訪ねた時のこと。
観光ガイドさんから「ここの美術館はじっくり見たら1週間かかります」と言われ、それをほんの1時間程度でまわったわけですが、まぁ〜その美術品の数の多さと豪華さには本当にびっくりしました。

それらを眺めながら「イエスはたくさん宝物を集めなさい」なんて言ってないよなぁ、バチカンにあるその美術品をすべて売り払って、それを市民を救うために使えばたくさんの人が救われるだろうに…と思いながら見て回りました。

当時イエスがみんなに伝えようとしていたことと、現在バチカンがやろうとしていることの方向性が同じだとはどうしても思えなかったんですね。

「一休さん」で知られる一休宗純の有名なエピソードを思い出します。
ある名家に法事で呼ばれた一休さんが、乞食の風体で訪ねたら追い返され、翌日立派な袈裟を来て訪ねたら手厚くもてなされたので「法事は袈裟に頼みなさい」と立ち去った話です。

宗教の次にあるもの

あーあ、こんなこと書いちゃったらたくさんの人を敵に回すことになっちゃいそうで怖いです…
それでも正直キリスト教だけでなく他の宗教にもやはり違和感を感じてしまう私です。

これまでにも何度も書いていますが、2017年頃から地球は「水瓶座」の時代に移行しました。
それまでの「魚座」の時代は宗教が流行る素地があったそうなのですが、水瓶座の時代には衰退していくそうです。

それも無理やりにではなく、自然にみんながそういうものを求めなくなっていくのだそうです。
いろんなものの概念が少しずつ、でも大きく変化していくこの時代を楽しめるといいなと思います。
みなさんのまわりで起きている変化についてもぜひ教えてくださいね。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。