ものごとには段階がある


クリキンディは一応ミュージシャンだったりするわけですが、
お客様の前でステージ立つ、という時の気持ちには、
大きく3段階あるなぁと思っています。

最初は、誰かに見られていることが恥ずかしくて自分をうまく表現できない。
2段階目、誰に見られていてもいいや!とにかく今の自分を見てもらおう!
3段階目、見られていることを意識して、状況にあった表現方法を臨機応変に選ぶ。

この段階を順番に踏まずに、いきなり3段目に上がることはできません。
「え?簡単にできちゃうけど…?」
という人が、もしもいたら、
その人は、前世で十分に経験を積んでいますから〜!

ちょっと話は変わりますが、
「生き霊」という考え方がありますよね。
何か深い恨みのようなものがあったりすると、
勝手に「念」を飛ばして、知らないうちに相手を攻撃するとか。
攻撃された側は、なんだかよくわからないけど、具合が悪くなったり、
妙に事故に遭いやすかったりするようです。

他にも浮遊霊とか地縛霊とか水子の霊とか動物霊とか、
そういう「見えないナニカ」が、人の体調に影響を与えているという話も、
時々聞きます。
……ああ、こうしてブログに書いているだけでなんか空気が重たくなってきたし……

これ、体調だけではなく、「気持ち」にも影響を与えます。
なんだかよくわからないけど、普段は興味のないものに、なぜかすごく惹かれるとか、
妙に友人の悲しみに同調して涙が止まらないとか、
やたらハイになったり、どーんと気分が落ちたりすることもあるようです。

やっかいなことに、
「今自分が感じている気持ち」が本当の自分の気持ちなのか、
見えないナニカのせいで、それを強く感じているのか、
区別がつかないんですね。

自分でも気がつかないうちに、そんなものの影響を受けて生きるなんて、
なんだかとても無駄な時間をとられているようでイヤですよね。
なんとか、見えないものの影響を受けずに、
間違いなく自分の人生を進めないものかなぁ…

なんてことをつらつらと考えていたときに、
ふと、「これって完全なる分離」を求めているってことなんだ、と気付きました。
他人(もしくは霊)と自分は、まったく別の存在である、
だから、「思い」に影響を受け合わないし、物事の決定にも影響を受けない、
そういう生き方が「分離」ってことなんですよね、きっと。

「前世」という概念はこのブログでも何度も話題にしていますが、
本当にその前世が自分のものであったかどうかわかりません。
もしかしたら、ソウルグループの誰かが経験したこと、
その時に感じたことを、生まれる前に情報として受け取っているだけかもしれないわけです。

そうなると、「自分だけ」の経験、その時に感じた想いを、
誰にもシェアしない生き方ってどうなんだろう?
もしかしたら、「ワンネス」の考え方でいけば、
誰かの感情を、まるで自分のことのように受け取ることは、
別に気味の悪い事でも迷惑なことでもないのかもしれない…

しかし待てよ〜!
最初の話に戻りますが、
これにもやはり段階があるはずです。

ステージに上った自分(3次元の肉体を持った自分)が、
まわりからの影響を受けたくなくて、分離したくなる段階、
まわりの影響が気にならなくなって、自分のやりたいようにステージで演奏する段階、
まわりのことがよく見えていて、自分の立ち位置も把握してうまく立ち回っている段階、

なんて感じなのでしょうか?
時々、すっかり乗っ取られて、本人がどこにいるのかわからない感じがする人に出会いますが、
もしかしたら、それは最初の段階で起こることなのかもしれません。

となると、人間としてやるべきことは、
とにかく場数を踏む!
それしかないのかもしれないなぁ、なんて思いました。
机上の論理ではなく、誰かに聞いた話でもなく、
「経験」こそが財産であり、自分が死ぬときに持って行ける唯一のもの。

そろそろ「大金持ち」とか「モテてモテて困る」っていう経験もしておきたいんだけどなぁ……(笑)


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