移住しました その4「諦めて、そしてやりたいことをする」


2011年の夏、海沿いの津波被害のあった場所を除き、
町の中心部はほとんど日常を取り戻していました。
むしろ以前より活気があったかもしれません。
それは、震災に立ち向う!とか負けない!とかいう運動とは別に、
個人的な気持ちの変化だったと思います。

クリキンディが教えている音楽教室には、
「人間は、いつどうなるかわからない、と痛感しました。
だから、やりたいと思っていたことを先延ばしにするのをやめました」
という入会者が増えたんです。
同時にいろんなものが随分売れたと思います。
楽器もそうですが、車やバイク、今までなんとなく我慢していたものを、思い切って買ってしまおう!
そういう人は多かったと思います。
クリキンディも「道具が増えるからやらない」と決めていたレザークラフトを始めちゃいました。

だから気持ちはなんとなく上向きの人が多かったんです。
もう完全に放射能のことなんか話題に上りません。
でも、収束できていない、まだ放射能は消えていないと感じていたクリキンディは、
なるべく家の窓を開けず、洗濯物を外に干さず、
外へ出る時は、長袖やマスクでがんばっていました。

しかし…暑い!!
もう無理!
みんな普通に歩いてるじゃん、
冬ならともかく、こんな夏にマスクしてたらおかしい人に思われるし、
長袖じゃもう暑過ぎて、放射能で死ぬ前に熱中症で死ぬわ〜。

そうして、徐々に家の窓は開け放たれ、
洗濯ものは外に干されていき、
外出時にマスクをすることもなくなっていきました。

でも、体調がよかったわけでもありませんでした。
震災直後からずっと痛かった右首の後ろ側は、
よくなったり悪くなったりを繰り返しながら慢性化していきましたし、
時々起きる動悸の回数も増えていきました。
関節痛やむくみ、鼻や歯茎からの出血、お腹の張り、目や喉の乾き、
背中や腰が痛かったり、両足のこむら返りで目が覚めたり…

その頃、森のトトロのところでマッサージしてもらいながら、
「毎日、体調が変化するんですよ」と言った記憶があります。
お店に来るお客様の傾向から、やはり今までとは違う、
放射能の影響は少なからず始まっているだろう、という仮説も立てられ、
どのようなものが効果があるのかと、日々情報交換しながら対策を相談していました。

その対策の中でもっとも多く利用したのがもやしもんです。
「もやしもん」とは石川雅之さん作の漫画なのですが、
「菌」にスポットライトを当てたなかなか面白い作品です。

チェルノブイリでも、残留放射能を食べる菌が発見されたというニュースもあり、
生命活動に欠かせない「菌」がこの危機を脱するための大きな活躍をしてくれるはず、という期待のもと、
ヨーグルトや味噌を作ったり、納豆や漬け物などの発酵食品をなるべくとるように心がけていました。
また、すでに取り込んでしまった放射性物質については、
スムーズに排出できるよう、身体全体の通路をさらに拡げる揉みも考案されました。

この頃、クリキンディは森のトトロ信者になってしまっていたのかもしれません。
トトロから教えてもらった対策をがんばってやっていれば、
万が一このまま福島が収束しなくても病気にならずに生きていけるだろう、
と思っていました。

そして、放射能の話題から耳を覆ってしまった人たちが、もし将来病気になったとしたら、
「だからあの時危険だと伝えてあげたのに」
と言っちゃうようなイヤミなやつに成り下がっていました。

ところが、誰よりも先に体調が悪くなってしまったんです。
暮れに熱を出し、その後痰の絡んだ咳が出続け、その咳が収まるまで、約10ヶ月かかりました。
何をどうしても治まらない咳に夜も眠れず、仕事にも支障が出ました。
回りの人はクリキンディは重い病気にかかっているのでは?と心配していたと思います。
心配してくれる人に「放射能の影響で咳が出てるんだと思います」と言うと、
皆一様に黙ってしまうのも、今思えばおかしな状況でした。

たかが咳と思われるでしょうが、10ヶ月は本当に辛かったです。
このまま死ぬのかなと思いましたし、何度も辛くて泣きました。

収束しそうにない原発、
原発推進派の政治家が数多く当選し、再稼働も決まり、
全国でがれきを焼却し、食べて応援し、世界基準をはるかに超える基準値が設けられ、
どうやら、この国は脱原発する気はまったくないのだと気付くのに、だいぶ時間がかかりました。
さらに言えば、TPPのことや憲法改正、秘密保護法など、
どうしても「裏目的」を勘ぐりたくなるような政策が目につきます。

震災直後にクリキンディが勝手に思い描いていた「平和な地球へのアセンション」とは、
どうやらまったく違う方向へ向かっているのかもしれない。
いやでも、これも人生をドラマティックに演出するために、自分が設計してきたのかも…
そうやって揺れ動く気持ちは、離婚前の気持ちと似ているかもしれません。
完全に失望しないと、人は先へ進めないものなんですね。

自分の体調もよくなる気配がなく、
震災から一年以上経って、ようやくクリキンディは「ここを離れた方がいいのかも」と思い始めました。

(その5につづく)

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ブログ版をかなり加筆、修正しています。


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