美術館を手玉にとった男が地球を進化に導くのかもしれない


「美術館を手玉にとった男」という映画をご存知でしょうか。
ある男性が、有名絵画の贋作を多数描き、
その作品を美術館に持ち込んで
「オークションで落札した絵画があります。持ち主の姉が亡くなったので寄贈します」
と持ちかけて、いくつもの美術館が騙された、というドキュメンタリーです。

これで報酬を得ていれば「詐欺」ということになりますが、
無償で寄贈しているため、罪に問われていません。
ただ「見抜けなかった」美術館側のプライドをいたく傷つけることになりました。
騙された側としては、訴えたくてもできず、なんともモヤモヤしたようです。

ドキュメンタリー映画ですので、絵を描いたご本人が登場します。
これがまたとても不思議なキャラクターで、
今までの常識を大きく覆す可能性のある人物だと私は感じました。

様々な作家の絵を描いた

この贋作を描いたのは、アメリカ人のマーク・ランディス。
イコン、ピカソ、マグリット、ディズニーなど、
超有名な画家の作品を30年に渡って模倣し続け、
それを本物だと偽って美術館に持ち込んだわけですが、
なぜ美術館が騙されたのかと言えば、
マークの絵が「上手だったから」に他なりません。

ご本人は、自分の好きな作品、または「うまく模倣できそうな作品」を描いており、なんでもよかったわけではないようです。
お金が目的ではないので、「売れそうな」絵を模倣したわけでもありません。

ある時、寄贈された作品が贋作であることに気づいた美術館の職員が調べ始めたところ、アメリカの40館以上もの美術館が騙されていたことが判明。
彼がなぜ一円の得にもならないこんなことを30年も続けたのかが、さっぱりわからず、新聞社も巻き込み、ついにドキュメンタリー映画になったというわけです。

精神疾患?

映画の中では、マーク・ランディスが精神を患っているのでは、というような話が出てきます。

18歳の時に、神経衰弱を患っていると診断され、1年間施設にいたことや、
「妄想型統合失調症、パーソナリティ障害、著しい解体型症状」と診断された過去の診断書を引っ張り出してきて、
「これはあるな、でもこの診断はひどいな」などと本人が淡々と語ります。

確かに「変わり者」だとは言えます。
が、狂っているとか、病んでいる、というのとは違う気がします。

その才能の種類はなんなのか

彼の描いた絵はどれも本当に素晴らしいものですが、
オリジナルの作品はありません。
「姉の絵は僕が描いたものだよ」と言いますが、
それも写真を模倣し、描いたものです。

彼は写真の学校へ通っていたこともありますが、
実際には何の写真も残していません。
そのことについては、
「写真の撮り方は学んだ。でも何も撮りたいものがなかった」
と語っています。

また、自分のオリジナル作品を描くべきだ、というまわりのアドバイスもたくさんあったのですが、
「私の才能は絵の模写だ」
と言い切っているんです。

創り出すことと模倣することの違い

彼が贋作を描くことについて、罪にあたるのかあたらないのか、
これを音楽にたとえて考えてみようと思います。

素晴らしいアーティストが、曲を作って発表すれば、
それを「聴いて」楽しむ人がほとんどですが、
中にはそれを「自分も演奏したい」と思う人もいます。

単純に「カラオケでその曲を歌う」と考えてみましょう。
これは模倣です。
なるべくオリジナルに近い表現で歌いたい、と普通は思います。

本物そっくりに上手に歌う人に対して、賞賛することはあっても、
「あなたは他人の真似をするんじゃなくて、自分独自の曲を創って歌うべきだ」
と言う人はあまりいませんよね。

優れた作品を模倣したい、というモチベーションと
自分の作品を創り出したい、というモチベーションは
まったく違うものだと言えます。

美術界の歪んだ価値観

そうなると、マーク・ランディスが優れた絵画の模倣作品を描くことにはなんら問題はないと思えます。
一番の罪は、それを「画家本人が描いたものだ」と偽ったことですね。

そして、誰がいつの時代に書いたものなのか、
それを見抜けなかった美術館の罪とも言えるでしょうか。

でも、これを罪と言ってしまうのはかわいそうな気もしますね。
例えば、モノマネ歌謡祭みたいなものがあったとして、
審査員が目隠しした状況で、ホンモノとモノマネの歌を聴き比べて、どちらがホンモノか当てる、
という番組があったとしたら、100%当てられる審査員はなかなかいないでしょうから。

そうなると、問題はオークションの方にあるような気もします。
どちらが本物かわからないほどの絵画なら、本物であろうが偽物であろうがどちらを飾ってもいいはずです。

ですが、本物とお墨付きがあるだけで、どんどん値段が吊り上っていくって変ですよね。

美しいもの、技術力の高いものであれば、それを純粋に評価できる人の方が信頼できると思うのですが…

宇宙の価値観

マーク・ランディスは変わった人だと書きましたが、
おそらく、魂的に見ると、地球人としての経験より、宇宙人としての記憶の方が強めに出ている人なんじゃないかなと感じます。

地球の常識の中に「所有」の概念があります。
宝物はもちろん、家や土地などを「誰かの持ち物」と定義します。
恋人や家族も同じで、自分の所有なので、他の人に奪われることは悲劇です。
また子供を親の所有物だと思っていますから、思い通りにしようとします。

もちろん自分の描いた絵も、自分の作った音楽も、所有物です。
それらになんらかの評価をして金銭的な価値をつけます。

進化した宇宙ではこのような「所有」という概念がほぼないのだそうです。
地球では、金銭を得るために絵を描いたり音楽を作ったりしますが、所有の概念のない世界では、
「自分がしたいからする」
もしくは
「社会の役に立つ、必要だからする」
というモチベーションで動いているわけです。

もしマークがそのような価値観を持っていると仮定すると、
彼の行動の謎が解けると思いませんか?
(あ、すみません、映画を見た人にしかわからないですよね…。これから見る方は、その可能性を想像しながら見てみてください)

地球人が「所有」という概念に縛られているうちは、彼の行動は理解できないのかもしれません。
でも、このような人物が映画となって紹介されるということは、とても希望の持てる予兆のようにも感じました。

一度「お金を稼ぐ」ことを取っ払って
自分のやりたいことを探してみるといいのかもしれませんね。


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